作中に2度登場している存在しない記憶!
- そもそも存在しない記憶とは?
- 虎杖悠仁との関係は?
- どんな状況で起こる?
- どんな内容?
明確な理由が明かされていませんが、原作者である芥見先生が明かされた事実もいくつかあります!
照らし合わせて考察していきましょう!
虎杖悠仁と存在しない記憶
存在しない記憶とは呪術廻戦の中でも未だ謎が残る現象です。
作中で今までに2度起きています。
謎が残るというのも、2度起こったどちらにも虎杖悠仁が居合わせていました。

コミック5巻
ただ、どちらも虎杖自身は存在しない記憶を見ていません。
そしてどちらの記憶も虎杖に有利に働く記憶だったんです。
1度目は、京都姉妹校交流会にて京都校3年東堂葵。
2度目は、渋谷事変にて呪胎九相図脹相が見ました。
まずは2人が見た状況、内容を解説して行きます!
東堂葵が見た存在しない記憶
京都姉妹校交流会にて、存在しない記憶を見た東堂。
東堂は初対面の男に「どんな女が好みだ?」と聞きます。
交流会・団体戦において一騎討ちを仕掛けた際も東堂は虎杖に聞きました。
「ケツとタッパのデカい女の子」と答える虎杖。
その瞬間、東堂の脳内に存在しない記憶が脳内に溢れ出しました。

コミック5巻
記憶の中で虎杖と東堂は同じ中学校に通う親友の関係にあります。
東堂が兼ねてよりファンだと公言しているアイドルの高田ちゃんも記憶の中では同じ学校に通う存在にあるようでした。
東堂は高田ちゃんに告白をしますがあっけなくフラれてしまい、虎杖は「ラーメン奢ってやるよ」と東堂を慰めます。
記憶が終わる頃には、涙を流しながら「地元じゃ負け知らず、、か。どうやら俺たちは親友のようだな」と呟く東堂。
虎杖は「今名前聞いたのに!?」とツッコミを入れます。
脹相が見た存在しない記憶
脹相は渋谷事変にて存在しない記憶を見ました。
一騎討ちの激闘の末、虎杖にトドメを刺そうとする脹相。
突如、脹相の脳内に存在しない記憶が溢れ出しました。

コミック12巻
記憶の中で大切な弟達と自然の中で幸せそうに食卓を囲む脹相。
呪胎九相図と呼ばれる2番目の弟・壊相、3番目の弟・血塗らと机を囲み、机の上にはまだ受肉をしていないままの他の弟達もいます。
そして、もう1人、、、虎杖も席に座っていました。
脹相に向かって「兄ちゃん」と呼びかける虎杖。
記憶を見た脹相は、理解ができずに混乱したままその場を去ります。
虎杖がトドメを刺されると思った宿儺は脹相の行動に「?」を浮かべていました。
宿儺でさえも予想外の出来事だったのではないでしょうか。
芥見下々先生が明かした真実
存在しない記憶について、呪術廻戦の原作者である芥見下々先生が明かしている事実があります。

コミック12巻
実は、お笑い芸人のケンドーコバヤシさんが司会を務める”漫道コバヤシ”という番組に芥見先生が声のみのゲスト出演をされていました。
その際、存在しない記憶について明言されていたことがいくつかあります。
- 虎杖悠仁の能力ではない
- 東堂戦と脹相戦での描写が似ていることに深い意味はない
- 東堂と脹相はそれぞれ違う理由で記憶をフラッシュバックさせている
芥見先生曰く「東堂でやったくだりを脹相に被せただけ」だそうです。
どちらも虎杖がその場に居合わせていましたが、虎杖の能力でないことは確定みたいですね。
ただ、東堂と脹相がそれぞれ違った理由で記憶を見たとなるとどんなことが考察できるでしょうか!?
存在しない記憶を考察
東堂と脹相はそれぞれ違う理由で存在しない記憶を見ていたとは驚きですよね!
それぞれの理由を考察していこうと思います!
東堂が見た理由

東堂は「性癖にはソイツの全てが反映される、女の趣味がつまらん奴はソイツ自身もつまらん」と語っています。
東堂の問いかけに対して虎杖の回答は東堂の好みそのものでした。
虎杖の回答一つで気に入ったことが見受けられますね!
東堂が記憶を見る際、作中では”瞬間”という言葉が使われています。
ちなみに脹相が記憶を見る際は”突如”という言葉が使われていました。
瞬間という言葉は宗教や工学や物理などにおいて様々な意味を持ちます。
中でも哲学における瞬間にはプラトンの定義に
プラトンは運動から静止あるいはその逆の変化の間に奇妙な物として時間の中に存在しない瞬間が存在し、そこで運動から静止への変化が起こると考え、これを定義した。この時、プラトンは時間は瞬間の自己限定として決まるともしている。
Wikipedia
と言われているようです。
「時間の中に存在しない瞬間が存在し、そこで運動から静止への変化が起こると考える」
上記の一文の中で、「運動と静止」というものが東堂にとって「他人と親友」というものに置き換えられると仮定します。
一般的には出会って数秒、ましてや質問一つで”この人は親友だ”なんて思うことは滅多にないですよね。
ですが東堂の感覚として、東堂が見た存在しない記憶というのは
「女の好みが自分と同じ」=「瞬間で虎杖が他人から親友になる」
というのを表現するために可視化された状況なのではないでしょうか?
東堂にとって、「女の好みが同じ」ことは「同じ中学で親友という関係であった」に値するほど重要なことだとしたら?
芥見先生が読者に向けて、「東堂にとって性癖が同じということは可視化すると、このぐらいの時間を共に過ごしたと同等の時間が流れる」というメッセージなのではないでしょうか!?
”瞬間”と”突如”もしかすると芥見先生にとっては意味のない使い分けかもしれません、、、
ですが実際呪術廻戦には以下のように専門知識を用いた設定が多く存在しています。
- 五条悟の無下限術式にアキレスと亀を取り入れている
- 夏油傑(羂索)が五条を封印する際の脳内時間という言葉
- 呪力にもプラス(➕)とマイナス(➖)があり、それぞれを掛け算することで術式反転や術式順天が生まれる
”瞬間”という一見すんなりと飲み込んでしまいそうな言葉に同じような状況でも、脹相には”突如”という言葉を使いわける。
ここまで深い意味があったとしても、それは芥見節に感じ取ることができませんか!?
脹相が見た理由

コミック12巻
上記でも記載した通り、脹相が存在しない記憶を見た際には”突如”という言葉が使われています。
ですが私が調べた限りでは、”突如”という言葉に哲学的な考え方は見つかりませんでした。
突如という言葉は、「何の前触れもなく物事が起こる様」という意味。
脹相の場合は、突如という言葉をそのままの言葉の意味として受け止めて考察していこうと思います!
脹相が見た存在しない記憶は脹相にとって新たな可能性をもたらしました。
脹相は、呪霊を孕む女性・呪霊・加茂憲倫の混血の元に生まれた呪胎九相図です。
ただ、加茂憲倫という術師の脳には羂索という術師が入っていたと考えられます。
羂索とは、脳みそを入れ替えれば体を転々とできるという術式の持ち主。
虎杖にトドメを刺そうとした途端、記憶を見た脹相。
脹相は術式の影響により血の繋がった弟達の異変はすぐに感じ取ることができます。
そして虎杖の死という異変を強烈に感じ取ってしまいました。
脹相にとって虎杖が弟であるというありえない可能性が浮上したのです。
ですが、その後渋谷事変の最後で脹相は姿が夏油傑に扮した羂索を認識します。
脳を入れ替え体を転々とできるならばありえないことではない、と。
脹相の中で可能性が事実に変わろうとしていました。
渋谷事変が閉幕した後も虎杖と行動を共にし、一度革新的な質問を訪ねます。
「思い出せ、お前の父の額にも縫い目があったはずだ」と。
羂索は脳を入れ替えるため、加茂憲倫にも夏油傑にも額に縫い目がありました。
そして最近になって明らかになった虎杖の母の額にも縫い目が描かれていたんです。
まだ確定ではありませんが、虎杖が脹相や呪胎九相図と血のつながりがあることが濃厚になりました。
脹相が見た存在しない記憶は、実は虎杖が兄弟である可能性を可視化したものだったのではないでしょうか!?
まとめ
存在しない記憶とは
- 虎杖悠仁の能力ではない
- 東堂戦と脹相戦での描写が似ていることに深い意味はない
- 東堂と脹相はそれぞれ違う理由で記憶をフラッシュバックさせている
以上が芥見先生がおっしゃっていた事実です。
存在しない記憶とは
- 東堂の存在しない記憶とは、言葉の価値に値する時間を可視化したもの
- 脹相の存在しない記憶とは、虎杖が兄弟である可能性を可視化したもの
以上が私の考察となります。
果たして最後までに明確な理由は明かされるのでしょうか!?
要チェックですね!
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